LOGIN驚愕している私に目もくれず、陽奈は片っ端から「あれもいい」「これもいい」と上機嫌。
確かにかわいくておしゃれな服多いけど! それに比例してゼロの数も多いの!! シングルマザーの苦しいか家計事情……わかって!!「ママ~。これがいい~」 陽奈が選んだのは、人気の子供服ブランドのものだった。 セーラーカラーのフォーマルワンピースで、水平さんの制服をイメージしたカラーに、胸元はベアの刺繍。 クマ好きの陽奈には、さぞ気に入ったことだろうと思うけれど!「ひ、陽奈。このお洋服はちょっと……」3万円ッ。いいお値段する~っ。
普段買っているお洋服が、何着も買えちゃうよ~。「いいね、陽奈ちゃんに似合っているよ。これにしよう」「しゃ、社長……!」私は彼の腕を取り、ぶ
「ごちそうさまでした!」 デザートも食べ終えた陽奈は、満足げに元気よく「ごちそうさま」をしてくれた。 真人さんも同じく、合掌して「ごちそうさま」。「葵さん、本当に美味しかったです」「よかったです」「また作ってね、ママ!」「はいはい」「僕も、また食べたいです」「……じゃあ、また作りますね」「約束ですよ」「はい」 なんだか約束がどんどん増えていく。 またカレーを作る――失踪した前の夫は、甘いカレーを嫌った。 辛い物が好きだったから、陽奈が好きなカレーは食べなかった。 ゼリーをはんぶんこするなんてことも、してくれなかった。 それが、別の人と食卓を囲んで、家族団らんを感じるなんて。「しゃちょーさん、あそぼ!」「何して遊ぶ?」「トランプ!」「いいよ」「やったー!」 二人がダイニングからリビングへ移動する。私は食器を持ってキッチンへ向かった。 後ろから、陽奈の笑い声が聞こえてくる。「しゃちょーさん、それダメー!」「どうして?」「それ、ひなの!」「あ、ごめん」「こっち!」「はい、先生」「せんせいじゃないよー!」 また笑い声。「…………」 洗い物をしながら、そっと視線を前に移す。 対面式のダイニングから、リビングがよく見える。 陽奈が笑っている。 真人さんも笑っている。 私がずっと思い描いていた、幸せな家庭。 キッチンに私が立って、夫と子供が楽し
もう。真人さんといると、調子が狂うな。さっきまでストーカーのことで怖くて仕方がなかったのに、真人さんが来てくれただけで安心しちゃうなんて。 私、どうしちゃったんだろう。「すぐ着替えてきます」「あ、はい。その間に用意しておきますね」「ひながカレーもってく!」「熱いから、それはママがやります」「えー!」 真人さんが笑いながら自室へ向かっていく。 私はその背中を見送り、まだ熱い頬を両手で押さえた。 カレーをお皿に盛りつけていると、着替えを済ませた真人さんが戻ってきたので、三人で食卓を囲んだ。「しゃちょーさん、どうぞー!」「ありがとう」 陽奈が真人さんの前にカレーを運ぼうとする。「陽奈、待って! 熱いからママが持つ!」「ひながもってくの!」「じゃあ、ママと一緒に持とう」「うん!」 二人でお皿を運ぶと、真人さんが嬉しそうに笑った。「これは楽しみだな」「ひなもつくったんだよ!」「そうだったね。お肉を切ってくれたんでしょう?」「うん!」「それじゃあ、しっかり味わわないと」 なんだか大げさ。でも陽奈は嬉しそうだ。「いただきます!」 三人で手を合わせる。 真人さんがカレーを一口食べた。なぜか緊張してしまう。「……どうですか?」「おいしいです」 真人さんの顔がぱっと明るくなった。「本当においしいです」「よかった……甘口だから、お口に合うかどうか心配だったのです」「ママのカレー、おいしいよ!」「うん。陽奈ちゃんの言う通りだ」「でしょー!」 なぜか
彼を見送り、買った荷物を片づけていると――「ママ~! ひなもおてつだいする!」「じゃあ、お願いしようかな」「はーい!」 早速私たちは夕食の準備を始めた。陽奈にエプロンをつけて、手を洗わせる。危なくないように私が手を添えながら、材料を切ってもらった。「ゆっくりね」「うん!」「お手々、猫さんにして」「にゃー」「ふふっ」 一生懸命な小さな横顔を見ていると、それだけで幸せだった。 前の人生の時は、『ママがやった方が早いから』 そう言って、全部自分でやっていただろう。 でも、早ければいいわけじゃない。少しくらい時間がかかってもいい。 こうして陽奈と並んで料理をする時間も、きっと、あっという間に過ぎてしまうから。 もっともっと大切にしよう。この、何気ない1日を。陽奈と過ごす時間を。「きれたー!」「上手よ! ありがとう、陽奈」「えへへ」「ママ、大助かり」「もっとする!」「じゃあ、次はこれお願いしようかな」 ふたりで作って、ふたりで笑って。 カレーの香りが、広い部屋いっぱいに広がっていく。 不思議。昨日まで、ここは真人さんの家だった。 今だってもちろん、真人さんの家。 なのに少しだけ、ここへ帰ってきた時にほっとしてしまった。 彼に守ってもらえるような気がして、安全だって思えたから。「ママ」「ん?」「しゃちょーさん、まだかな?」「まだじゃない?」「おなかすいたね」「先に食べる?」「まつ!」「え?」「しゃちょーさんと、いっしょにたべるの!」 そ
「……いいえ、嬉しいです」「え?」 真人さんが目を丸くする。「誰かに心配してもらうって、とても嬉しいな、って思いました。今まで、こんなに心配してもらえることって、あまりなかったので」「…………」「だから、嬉しいです。来てくれてありがとうございます」 素直にそう伝えると、真人さんは何も言わなくなった。 ただ、少しだけ目元を緩める。「……来てよかった」 ぽつりと呟いた声がやけに優しく聞こえた。「しゃちょーさん!」「陽奈ちゃん」「しゃちょーさんも、おかいもの?」「ううん。陽奈ちゃんとママを迎えに来たんだよ」「おむかえ?」「そう」「じゃあ、いっしょにかえる!」 陽奈が嬉しそうに笑う。「そうしよう」 真人さんも笑った。「ママ、アイス!」「あ、そうだった」 陽奈が指差したのは、もかちゃんのアイス。 また胸がざわついた。このアイスは当分無理かもしれない。「ねえ、陽奈」「ん?」「アイスは持って帰っている間に溶けちゃうから、ゼリーにしない?」「ゼリー! いいよ!」 陽奈は納得してくれたようで、もかちゃんのアイスではなく、ゼリーを手に取ってくれた。 これなら怖くない。「じゃ、これ買おっか」「やったぁ!」「ひとつだけね」「うん!」 陽奈がぶどう味を取る。 すると、少し考えてからもうひとつ手に取った。「こっちは、しゃちょーさん!」「僕にも?」「うん!」「じゃあ僕が買おうかな」「ダメ! ひなからあげるの!」
今も、私を見ているの……? スマートフォンを握りしめたまま、周囲を見回す。 会社から出てくる社員。 駅へ向かう人。 スマートフォンを見ながら歩く人。 誰もが普通に見える。 私を見ている人なんていない――「…………」 わからない。怖い。 今すぐ真人さんに連絡しようかと思った。 でも、やめてスマートフォンを握り直した。 まだ明るい。 保育園までは人通りの多い道を通ればいい。 それに、何でもかんでも真人さんに頼るわけにはいかない。 とにかく証拠をちゃんと残して、それを連絡しよう。 メッセージのスクリーンショットを撮り、真人さんへ送った。 すぐに既読がついた。 そして着信。 「は、早っ!」慌てて電話に出る。「はい」 『今、どちらですか!?』 挨拶もなく、切羽詰まった様子で言われた。『無事ですか!』 「はい、大丈夫です。今、会社を出たところです」 『迎えに行きます。そこから動かないでください』 「えっ」 『五分ほどで下に――』 「大丈夫です!」 『大丈夫ではないでしょう』 ものすごく心配してくれてる。嬉しいな。 「でも、まだ明るいですし、人もたくさんいます。それに陽奈との約束があるので、早く迎えに行きたいんです」 『でしたら僕が保育園まで送ります』 「真人さん」 『はい』 「真人さんはまだお仕事があるはずです。私のせいで手を止めたくないのです」 『…………』 一瞬、黙った。 『あなたが心配なんです』 「え?」 『いえ』 確かに聞こえた。『あなたが心配なんです』と。 私のこと、そ
「しゃ……社長が?」海晴ちゃんがわなわなと震えた。「はい」 真人さんは淡々としていた。「クライアントから急な呼び出しを受けたのでしょう?」「は、はい……」「社員が困っているのであれば、放置するわけにはいきません」「あの、それは……」「どちらの会社です?」「え?」「打ち合わせ先です。先方の担当者名も教えてください。僕から連絡します」「…………」 海晴ちゃんが黙った。 さっきまで流していた涙が、ぴたりと止まっている。「八乙女さん?」「あ、あの……」「何時からです?」「それは……」 真人さんの目が細くなる。「急いだ方がいいのでは?」「……っ」 海晴ちゃんが追い詰められていく。 そして。「プ、プライバシーに関わることなので……!」 えっ? プライバシー? 思わず二度見した。真人さんは訝し気に尋ねた。「取引先との打ち合わせに、どのようなプライバシーが?」「それは……その……」「でしたら、その部分を除いて引き継いでください」 真人さん、笑顔なのに怖い。海晴ちゃんを容赦なく追い詰めていく。「僕から先方に電話しましょう」「待ってください!」 海晴ちゃんが叫んだ途端、社内が静まり返る。「あの……もう一度、先方に日程を変更できないか聞いてみます!」「急な呼び出しなのに?」「…………!」「先方から、どうしても今日でなければ困ると言われたのでは?」「そ、それは……」 真人さんの声が、すっと冷えた。「八乙女さん」「はい……」「本当に仕事の打ち合わせですか?」「…………」 彼女は黙ったままだ。周囲から小さなざわめきが起こる。